「アジアの力を日本へ届ける」コンサルタントの中西です。
海外でトレーニングをしているリアルな外国人人材の日本語能力を知りたい!というクライアントの声に答えて、、、
弊社がマネージメントを行なう、トレーニングセンター@フィリピン ブラカン州の生徒から提出される宿題や日記などをブログでご紹介しています。
フィリピン人人材の日本語能力ってどんなものなの? 字の読み書きは出来るの?など様々な疑問がありませんか?
弊社がマネージメントを行なう、フィリピン@ブラカン州のインターネットを使った授業参観も、随時受け付けています。
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今回ご紹介するのは、、、
生徒名:ジャニル
この時点での日本語学習期間:7か月
課題の内容:
自分で題材を考えて原稿用紙に作文を書き、それをパソコンで書きおこし、最後にその作文を読み上げビデオに撮影しました。
すべて生徒達が自分で行なっています。(ブログのアップロードだけは私が行なっています)
↓ 作文の書きおこし ↓
作文の題名「子供の時の夢について」
ジャニル
子供のときからいつも生活が苦しいと思っていました。
小学生の頃から洗濯をしたり、食事のしたくなどもしていました。
それはいつも祖父から教えてもらいました。
近所の家の掃除とかもしてそれらのお小遣いを学校のお弁当代にしていました。
小学校のとき上下の制服と靴下とかを近所の人に助けてもらいました。
だからいつも学校に行って勉強をしっかりすることが私の務めだと考えていました。
生活が苦しくても学校に行くことが家族や兄弟のためになることだと思っていました。
高校生の時私はどんな仕事につきたいか。
全然考えていなかったけれど、周りに病気になった人がいればその人を助けてあげたいと思うようになりました。
だから私は看護師になりたいです。
祖父と父が病気になった時お世話をする機会がなかったため、看護師になりたかったです。
そして高校を卒業したの時奨学生の手続きを取り、大学に入りました。
そして親族の人たちが皆で私の応援をしてくれました。
でも最初の看護師の試験ではとても緊張して、失敗してしまいました。
それからアルバイトをしながら試験の勉強をしていましたがお母さんには家の手伝いが出来なくて大変苦労をさせてしまった。
私のすべてのお願いが叶いますように。
私の仕事も400日間続けて、それでも家族を助けるためにはまだ足りないぐらい私の家族はいっぱいいます。
一日何回の食事のためのお金が必要か。
そして毎日の交通費です。
だからいつも他の国で仕事をすることを考えていました。
家族の中で私だけ大学に進み、大学を卒業したので皆を大学に行かせたいと思っていました。
日本に行って、日本で仕事をするそして家族を助けるその夢を叶えるために今日本語を勉強しています。
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